喜怒哀楽
こんばんは!
昨日自分の感情について色々考えてみて、自分でもあまり感情の波が無いように思っています。
先日とある勉強会で、自の振り返りという事で、喜怒哀楽について振り返る機会がありました。
喜びと楽しいはすぐに浮かんだものの、怒ると哀しむの感情の記憶を辿ってみても、全然思いつかず、自分の感情がどっか行っちゃったかのようなの覚に囚われました。 確かに長年の社会人生活の中で、トラブルに見舞われるようなことがあっても、ただただ狼狽えてみたところで、解決なんて到底しないことは目に見えています。 とにかく、「何とかするしかない!」とそれしかありませんでした。 そのためには、何か起こった時には、やるべきことを整理し、ひとつひとつ片付けていくしかありません。
哀しみについても、哀しむよりもやるべきことを探してしまいます。
だからこそ、若い時よりかは随分、物事を冷静に捉え、対応することは出来ていると思います。 これが成長というものなだと、考えてきました。 一方で、大の大人が感情を爆発させている場面に出くわすと、素直に凄いと思います。
自分は、穏やかで、極めて理性的だと周囲からは評価されています。 稀に、誰に対しても公平で、あまり感情的にもならないので、何考えているのか分からないとも言われます。
正解です。 (自分の感情に関しては)何も考えていないのです。
今このブログを書いていて気付きました。
あ~だからなんだ。
自分は人と接する時、自分の感情に対しては物凄く無頓着です。 相手の目線や世界観を見るのに必死で、自分の感情は置き去りなのです。
自分は、複数の事を同時進行するような、マルチタスクのスペックは持ち合わせていません。 だから、相手の心を考えなくてもいい、例えば映画やスポーツシーンで、心動く事はあっても、自分の私生活においては、心が空っぽになっちゃってるような感覚に襲われます。
でも、マジで、 心が空っぽになったわけじゃなくて、よかった~‼
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